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 ロジウム表面における含硫黄分子の反応

名古屋大学、広島大学  

概要
 名古屋大学大学院工学研究科量子工学専攻の八木伸也准教授の研究グループと広島大学放射光科学研究センターの共同研究により放射光を用いたX線吸収端微細構造法(XAFS)とX線光電子分光法(XPS)を組み合わせた実験手法で自動車排気ガス浄化触媒に用いられている貴金属ロジウムと硫黄を含む分子(含硫黄分子) の反応がロジウム基板表面の構造に依存していることが明らかとなった。また、触媒金属表面に吸着した硫黄原子は著しく触媒活性を失わせる負の効果(硫黄被毒)を生じることが知られているが、ロジウム表面に吸着した硫黄原子が酸素雰囲気で加熱することで容易に脱離することもわかった。本文では紙面の都合で含硫黄分子の吸着反応に絞って記述する。


背景
 これまで自動車エンジンから放出される排気ガスを無害化する触媒材料について系統的な研究を放射光を用いて行ってきた。近年世界的な規模でディーゼルエンジンのパフォーマンスが見直されている動向にあわせて、NOxに対して高い浄化性能を有する触媒の研究開発に注目が集まっている。触媒に用いられる白金族元素のうちロジウムは、NOxの還元反応に対して有効であり、かつ燃料中に不純物として存在する含硫黄分子が触媒金属に及ぼす硫黄被毒に対する耐性やその被毒からの回復能力が高いことで知られている[1]。しかしながらロジウム表面における含硫黄分子の基板温度に依存した反応や表面構造に依存した反応については報告例が非常に少なく詳細については不明な点が多い。
 原子が規則正しく配列することにより非常に平坦な表面が作製されるが、そのような表面に原子や分子が吸着することを考えると吸着する場所(吸着サイト) は一般にはhollow(複数の原子で囲まれた場所)、bridge(2つの原子の間)そして a−top(原子の直上)で代表されるような吸着サイトで議論される。しかしながら吸着反応においては表面原子が抜けていたり、ある程度デコボコになった表面の方が吸着分子の解離反応が促進するという予想も複数の研究者から予想されており[2]、銀の単結晶表面ではCostantiniらによってアルゴンイオン・スパッタリングと加熱により非常に細かなナノスケールの表面構造を持つ表面が報告されている[3]。図1はConstantiniらによって報告された銀表面の走査型トンネル顕微鏡(STM)像である。
 本研究ではナノスケールの表面構造の中でも活性なサイトが存在していると考えられているステップエッジ(図2参照)に注目し、作為的に調整した特異な表面構造を持つ表面に対して含硫黄分子の硫化ジメチル((CH3)2S;DMS)を吸着し、放射光を用いた硫黄K吸収端XAFS法とXPS法を行い吸着分子の反応について明らかにすることを目的とする。


図 1 アルゴンイオン・スパッタリングと任意の加熱温度によって得られた銀(100)単結晶表面のナノスケール構造のSTM像


図 2 基板表面に作製されたステップエッジ構造の模式図


研究内容
 基板試料はロジウム(100)単結晶を用いた。アルゴンイオン・スパッタリング(3 keV)と加熱(1200 K)により不純物分子が吸着していない清浄な表面が調整可能であるが、今回用意した表面は、アルゴンイオン・スパッタリングの処理を行ったもの(as-sputtered)、アルゴンイオン・スパッタリングの後に1000 Kと1200 Kの加熱処理を行った合計3つの基板表面である。図3に原子間力顕微鏡(AFM)観察によって得られた表面構造の画像を示す。


図 3 アルゴンイオン・スパッタリングと基板の加熱処理温度で得られたロジウム(100)単結晶表面構造のAFM像

 AFM像よりas-sputtered表面には、非常に小さな数nm程度の大きさの島状構造が無数存在していることがわかった。また1200 Kまでの加熱処理によって得られた表面は非常になだらかな平坦性を有していることが明らかとなった。しかしながら、1000 Kまでの加熱処理を行った表面には、無数の「しわ状構造」が存在している結果が得られ、基板の加熱処理温度に依存したナノサイズの表面構造が作製可能であるという大変興味深い結果となった。
 作製した3つの基板を液体窒素で冷却(90 K)した後に硫化ジメチル分子を吸着してその解離反応について調べた。図4は3つの基板に対してそれぞれ測定した硫黄K吸収端近傍XAFSスペクトル(NEXAFS)をまとめたものである。NEXAFS測定では放射光の入射角を基板表面に対して直入射(90°)と斜入射(20°)の2つの角度で測定を行った。
 硫化ジメチル分子が表面に吸着すると以下の3つの吸着種が存在していることが分かった。それは化学吸着した硫化ジメチル(DMS)、1つのS-C結合が解離して生じたメタンチオレート(MT)そして2つのS-C結合が解離して生じた硫黄の原子吸着状態(Atomic S)である。解離反応について注目すると、硫黄の原子吸着状態のピーク強度がもっとも大きく現れている方が反応性に富んだ表面であると判断した。この点から判断して、アルゴンイオン・スパッタリング後に1000 Kの加熱処理を行った表面が今回の3つの表面の中でもっとも反応性に富んだ表面であると考えられる。


図 4 アルゴンイオン・スパッタリングと加熱処理によって準備した基板表面に吸着した硫化ジメチルの硫黄K吸収端NEXAFSスペクトルの入射角依存性

 この様な表面解離反応の差は1000 Kまで加熱処理した表面のAFM像に現れていた「無数のしわ状構造」を議論することで説明が出来ると考えられる。図5に得られたAFM像から推測される「しわ状構造」の模式的な構造図を示す。


図 5 ステップエッジ構造の模式図

 1000 Kまで加熱処理を行った表面には図3や図5に示したような「しわ状構造」が多く存在し、かつその一つ一つの構造にはまるで「棚田構造」の様なステップエッジが無数に存在していると考えられる。先述したようにこのステップエッジの部分は非常に反応性に富んでおり吸着した含硫黄分子が原子状硫黄まで解離する反応の場を提供しているものと考えられる。 この点を考慮するとそのようなステップエッジが単位面積(もしくは単位体積)あたり非常に多く存在していると推測できる「ナノ粒子(直径が1-2 nm)」の表面に対して同様の実験を行い、より解離反応に富み、かつ硫黄被毒に耐性を有した触媒の開発に関する基礎的な知見を得ることが可能と考えている。

 本内容についての原著論文は、T. Nomotoらによるものである[4,5]。


ナノ粒子表面との比較
 先述したナノ粒子の作製については既にロジウムやパラジウムのナノ粒子作製を実施しており、作製したナノ粒子の粒径が1-2 nm程度で制御可能な状態に到達している。これらの技術は2つの作製技術を含んでいる。一つはPVPポリマーを用いた貴金属塩を還元することで貴金属ナノ粒子を得る技術である[6]。この技術は溶液中で還元反応を行うものであるが取り扱いが容易であり多量にナノ粒子を製作する出来るため、工業応用に向いている。しかしながらPVPをはじめ数種類の還元剤を用いるため作製したナノ粒子表面には貴金属以外の不純物元素の存在が問題となっている。残りの1つはヘリウム等の希ガス雰囲気中にて貴金属ナノ粒子を作製する技術である[7,8]。この手法によって作製したナノ粒子は、その表面に不純物元素の存在が無いため非常に清浄な表面を持つナノ粒子の作製が可能である。しかし広い面積への固着や多量なナノ粒子の生産には不向きである。
 以上の特徴を持つナノ粒子作製であるが、本文中で注目したステップエッジ構造は、このナノ粒子表面には非常に多く存在する。まだその表面への分子吸着系の実験は実施するところまで漕ぎ着けていないが、近い将来にその分子吸着系に関する報告が出来ると期待している。


参考論文
[1] K. Dohmae, TOYOTA Central Laboratory R&D review. 35 (2000) 43.
[2] A. Kitada et al., Hyoumen Kagaku 25 (2004) 580.
[3] G. Costantini et al., Surf. Sci. 416 (1998) 245.
[4] T. Ashida et al., Surf. Sci. in press (2007).
[5] T. Nomoto et al.., J. Surf. Anal. 12 (2005) 238.
[6] T. Nomoto et al., e-J. Surf. Sci. Nanotech. 4 (2006) 39.
[7] T. Nomoto et al., Surf. Sci. in press (2007).
[8] S. Yagi et al., e-J. Surf. Sci. Nanotech. 4 (2006) 258.
[9] K. Miura et al., to be submitted.



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