成果

電荷密度波で電子構造の「ねじれ」をスイッチする
~トポロジカル状態の高速制御に向けた新しい指針を開拓~

発表のポイント

発表概要

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の三石夏樹大学院生、同研究科附属量子相エレクトロニクス研究センターの石坂香子教授らの研究グループは、同研究科物理工学専攻のMohamed Saeed Bahramy主幹研究員、求幸年教授らの研究グループ、高エネルギー加速器研究機構の組頭広志教授らの研究グループ、広島大学放射光科学研究センターの奥田太一教授らの研究グループ、大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻の石渡晋太郎教授らのグループと共同で、VTe2(V:バナジウム、Te:テルル)の電子構造を実験・理論の両面から解明し、電荷密度波の形成とともにトポロジカルな性質が変化する現象を発見しました。

近年、数学におけるトポロジー(位相幾何学)の概念を物質中の電子構造に適用することで分類される「トポロジカル物質」への関心が高まっています。トポロジカル物質においては、固体内部とは異なる特殊な電子状態が表面に存在し、これによって新しい電気的・磁気的特性が出現します。このようなトポロジカル物質を実現するには、固体中の電子構造が真空とは異なるトポロジー、すなわちメビウスの輪のような「ねじれ(バンド反転と呼ばれる)」を持つことが重要です。このような「ねじれ」は通常、物質の構成元素を変えたり強い圧力や歪みを加えたりすることで作ることができますが、このON/OFFを超高速で切り替えるためには、電場や光などを用いた制御が求められます。

本研究グループは、遷移金属カルコゲナイドの一種であるVTe2を対象とし、スピン分解・角度分解光電子分光法(注3)と第一原理計算(注4)を用いて、固体内部や表面における電子構造を詳細に調べました。その結果、電荷密度波が形成されると固体内部の電子構造が大きく変化し、それに伴ってトポロジカルな表面状態が一部消失することが明らかとなりました。今回の発見は電荷密度波とトポロジカルな性質を合わせ持つ新しいタイプのトポロジカル物質の開発へ新たな指針を提唱するとともに、今後のトポロジカル物性制御に向けた前進に貢献することが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に日本時間5月18日(英国夏時間5月18日)に掲載されました。

本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費(JP17H01195, JP19H05826)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JPMJCR16F1, JPMJCR16F2)などの支援を受けて行われました。

雑誌名:「Nature Communications」(2020年5月18日電子版)
論文タイトル:Switching of band inversion and topological surface states by charge density wave
著者:N. Mitsuishi*, Y. Sugita, M. S. Bahramy, M. Kamitani, T. Sonobe, M. Sakano, T. Shimojima, H. Takahashi, H. Sakai, K. Horiba, H. Kumigashira, K. Taguchi, K. Miyamoto, T. Okuda, S. Ishiwata, Y. Motome, K. Ishizaka*
DOI番号:10.1038/s41467-020-16290-w

広島大学お知らせ
【研究成果】電荷密度波で電子構造の「ねじれ」をスイッチする~トポロジカル状態の高速制御に向けた新しい指針を開拓~

研究の背景

近年、物質の電子構造が示すトポロジカルな性質に注目が集まっています。例えば「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる物質においては、物質の内部(バルク)は電気を通さない絶縁体であるのに対して、表面では「トポロジカル表面状態」と呼ばれる電子状態により電流を通す金属的なふるまいを示します。このトポロジカル表面状態は外界からの擾乱に対して影響を受けにくい頑強な性質をもつため、量子計算や非散逸電子デバイスなどへの応用が期待されています。このようなトポロジカル物性の発現のカギは、いかにして電子構造のトポロジーを変えるか、すなわち電子構造の「ねじれ(バンド反転)」を引き起こすかにあります。これまでにバンド反転を制御する方法としては、元素置換を用いたスピン軌道相互作用の強さの調節や、圧力や歪みの印加などが報告されてきました。しかし、これら大半の制御方法ではバンド反転を高速で時間的に変化させることが難しく、電場や光などの外場を用いて動的に制御が可能な新たな機構の開拓が求められています。

研究内容と成果

そこで本研究グループは、電場や光照射などにより制御しやすいことが知られている電荷密度波に注目して、電荷密度波とトポロジカルな性質が密接に結合した「電荷密度波トポロジカル物質」の探索を行いました。具体的には、電荷密度波を形成することで知られている層状遷移金属ダイカルコゲナイドVTe2(図1)に注目してその単結晶試料を作製し、固体内部(バルク)と表面の電子構造をスピン分解・角度分解光電子分光法を用いて調べました(図2)。電荷密度波のない一様相では、V字型のバルク状態(ピンク色の曲線)とX型のトポロジカル表面状態(水色の破線)が存在しています(図2左)。このV字型のバルク状態を3次元的に測定することにより、トポロジカル表面状態の発現に必要なバンド反転が起きていることも確かめられました。これらの結果は、第一原理計算により得られた電子構造の計算結果とも整合します。一方で、同様の測定を電荷密度波相で行ったところ、一部のV字型のバルク状態が非常に平坦となり、これに伴いトポロジカル表面状態が消失する様子が明らかとなりました(図2右)。本研究グループはこのバルク状態の変化について、第一原理計算を用いて波動関数の解析を行いました。その結果、実験で観測された平坦なバルク状態は、バナジウム原子の特定のd軌道が直線状に3個つながった三量体を形成するために生じることが明らかとなりました(図2下)。

図1 本研究で研究対象としたVTe2の結晶構造。高温・一様相では、三角格子状に並んだバナジウム原子の周囲をテルル原子が八面体型に配位してできた層が積み重なった層状構造をとる(左図)。VTe2は約210℃(約480ケルビン)より低温において電荷密度波を形成し、バナジウム原子が一方向にジグザグ鎖構造を作る(右図)。

図2 角度分解光電子分光測定によって得られた、高温・一様相(左)と低温・電荷密度波相(右)における電子構造。電荷密度波が形成されると、一部のV字型のバルク状態が平坦な形状へと変化し(ピンク曲線)、それに伴いトポロジカル表面状態(水色破線)が消失する。平坦なバルク状態は、バナジウム原子の特定のd軌道が3個連なった三量体を形成することにより生じることが示された(下図)。

社会的意義・今後の展望

本研究成果は、物質の持つトポロジカルな性質が、時に電荷密度波の形成によって大きく変化することを示しております。また、一般的に電荷密度波が電場や光照射などの外場によりフレキシブルに制御可能であることを考慮すると、電荷密度波トポロジカル物質がトポロジカル状態の高速制御に向けた有力な候補材料となる可能性があることが示唆されます。今後、電荷密度波トポロジカル新物質の更なる探索とともに、実際にこれらの物質に対して外場を印加し た際にバルク状態とトポロジカル表面状態が示す応答についてもさらなる研究が進展することが期待できます。

用語説明

(注1)電荷密度波
結晶中の電子の密度(濃淡)が特定の周期で波状に分布する状態を指します。一般に電荷密度波状態では電子密度とともに結晶構造も波状の変調を受け、結晶の周期性や対称性も変化します。 戻る
(注2)トポロジカルな性質
トポロジーとは、数学分野における図形の分類に関する学問を指す用語です。例えばドーナツとマグカップはどちらも穴が一つであるという点で、トポロジカルに同じものと分類されます。物質の持つトポロジカルな性質もその電子構造を調べることにより同様に分類することができます。 戻る
(注3)スピン分解・角度分解光電子分光法
物質にある一定以上のエネルギー(この値は仕事関数と呼ばれ、物質ごとに固有の値をとります)をもつ光を照射すると光電子が放出されます(この現象は外部光電効果と呼ばれます)。放出された光電子には物質内における電子構造の情報が含まれており、角度分解光電子分光法は物質に単色光を照射した際に光電効果で放出される光電子の運動エネルギーと放出角度を測定することで物質の電子構造を明らかにする手法です。スピン分解・角度分解光電子分光法では加えてスピン検出器を用いて光電子のスピンの向きを測ることで、物質中における電子スピンの向きも決定できます。 戻る
(注4)第一原理計算
量子力学の基礎方程式に基づいて、実験で得られる経験的な値を用いることなく、結晶構造のみから物質の電子状態や物性を計算する手法を指します。 戻る