成果

直接観測でナノスケール化による金属の絶縁体化を完全解明
~半世紀の問題解決と次世代ナノデバイスへの指針~

発表のポイント

発表概要

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の伊藤俊大学院生(研究当時)と東京大学物性研究所の松田巌准教授、小森文夫教授、杉野修教授らの研究グループは、広島大学放射光科学研究センター、そして中国・清華大学のShu-Jung Tang教授、米国・イリノイ大学のTai-Chang Chiang教授の研究グループと共同で、本来金属であるビスマスの結晶が、ナノスケール(1ナノメートル = 10-9 m)まで薄くなったときに絶縁体に変化するメカニズムの完全な解明に成功しました。金属と絶縁体はそれぞれ電気を流す・流さない物質であり、エレクトロニクスを構成する基本要素です。物質をただ小さくするだけで金属と絶縁体が切り替わるこの現象は、半世紀前から数多くの研究が行われてきましたが、詳しいメカニズムは未解明のままでした。本研究グループは、物質内での電子の振る舞いを映し出す実験手法により、金属が絶縁体に変化していく過程の直接観測に初めて成功しました。その結果、ビスマス結晶の表面に存在する特殊な電子の影響によって、絶縁体化の現象が起こりやすくなっていることを解明しました。

この特殊な電子は近年注目を集める「トポロジカル物質(注1)」が一般に有する特徴であり、ビスマスもその一群に属します。トポロジカル物質は高速かつエネルギーロスの無い情報伝達を可能にすることから、次世代情報デバイスに向けて世界中で活発な研究が行われています。集積化の進む現在のエレクトロニクスにおいて情報素子のサイズは既にナノスケールに到達しており、さらなる高速化と省エネルギー化に向けて、トポロジカル物質のような新たな材料系をナノデバイスに加工していくことが求められます。本研究で見出されたナノスケールでの金属-絶縁体変換の新機構は、トポロジカル物質一般に適用可能なものであり、この研究展開における新たな枠組みを与えるものです。

本研究成果は、Science Advances誌に掲載されました(米国東部時間3月20日(金)オンライン版)。

題目: Surface-state Coulomb repulsion accelerates a metal-insulator transition in topological semimetal nanofilms
著者: S. Ito, M. Arita, J. Haruyama, B. Feng, W.-C. Chen, H. Namatame, M. Taniguchi, C.-M. Cheng, G. Bian, S.-J. Tang, T.-C. Chiang, O. Sugino, F. Komori, I. Matsuda
掲載誌: Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.aaz5015
URL:https://advances.sciencemag.org/content/6/12/eaaz5015

背景

原子や分子のように微小な世界では、量子力学のルールによって支配され、様々なものが飛び飛びの値(量子)を取るようになります。電気やガスの消費量など、日常的には連続的な値を取るエネルギーもその例外ではありません。一方で、物質が電気を流すかどうかは、バンドギャップ(注2)と呼ばれる、電子が存在できないエネルギー帯が存在するかどうかで決まります。このため、もともとバンドギャップを持たない金属でも、原子や分子の大きさであるナノスケールまで小さくすると、電子のエネルギーが飛び飛びになりバンドギャップを持つ絶縁体になりうるのです(図1a)。この現象はビスマスの結晶を舞台に半世紀以上前に予言され、数多くの実験が行われてきましたが、従来の理論で説明できない結果が得られていました。この解決のために、電気伝導の測定に留まらない、物質の電子状態を直接観測する研究が待たれていました。

図1 (a) ナノスケールにおけるエネルギーの量子化の模式図。(b)ナノスケールまで薄くなったビスマス薄膜におけるエネルギーの量子化を、光電子分光法に観測した様子。数十ナノメートルの比較的厚い領域ではぼんやりと連続的であった分布が、数ナノメートルの領域では明確な縞模様を形成しています。

研究成果

本研究グループは、非常に高品質なビスマス薄膜を作成すること成功し、広島大学放射光科学研究センターのビームラインBL-9Aおよび台湾の放射光施設NSRRCのビームラインBL-21B1にて、様々な厚みの膜における電子状態を光電子分光法(注3)により直接観測しました。光電子分光法は、電子の持つエネルギーと運動量を同時に測定し、電子状態の情報を画像として表示できる実験手法です。(図1b)に示すように、比較的厚い40から80ナノメートルのビスマス薄膜では連続的に分布していたものが、3.6-7.2ナノメートルの超薄膜では離散的な縞模様を成し、エネルギーギャップを形成する様子が一目で分かります。これはナノスケールでのエネルギーの量子化によって金属が絶縁体化する過程を直接観測した初めての実験です。さらに、量子化されたエネルギー値の振る舞いが、従来の理論予測と全く異なっていることが分かりました(図2a)。本研究では、ビスマス結晶の表面に存在する特殊な電子状態(図2b)の影響を考えることで、この振る舞いが理解できることが分かりました。膜の厚みを薄くしていっても表面は常に変わることはなく、逆にその影響が相対的にどんどん強くなっていきます。ナノスケールにおける表面の重要性は以前から知られていましたが、今回の研究によって金属から絶縁体への変化を促進することが初めて明らかになりました。この結果は、従来の電気伝導測定で得られていた矛盾を解決し、半世紀にわたり研究されてきたこの現象の完全な描像を与えるものです。

図2 (a) 膜厚の減少とともに金属が絶縁体化する過程における、量子化されたエネルギー値の系統的変化。灰色●で示された実験データが、赤色点線で描かれた従来の理論予測から大きくずれていることが分かります。(b) トポロジカル物質の特徴である表面電子状態の模式図と観測結果。(c) 膜が薄くなっていく中でも表面は常に同じであり、その影響は相対的にどんどん大きくなっていきます。その一つの結果として、膜内部における絶縁体化が促進され、表面電流が増強されることが今回初めて明らかになりました。

今後の展開

近年、トポロジカル物質と呼ばれる新たな物質群が大きな注目を集めています。ビスマス結晶もその一つであり、本研究で中心的な役割を果たした表面電子はトポロジカル物質の重要な特徴です。この電子は、非常に高速かつエネルギーを失うことなく移動できることから、次世代の高速・省エネルギーデバイスへの応用に向けて活発な研究が行われています。また、「形」を意味するトポロジカルという名前は、これらの物質が持つ量子力学的に「ねじれた」性質を示しており、雑音に対して頑強な新しい量子コンピュータへの応用も提案されています。一方で、現代のエレクトロニクスは高速化に向けた集積化の結果、演算素子の大きさは既にナノスケールに到達しています。これらの次世代情報技術の枠組みを既存のエレクトロニクスに導入するためには、トポロジカル物質をナノスケールで加工しデバイス化していくことが不可欠です。本研究で見出されたナノスケールでの金属-絶縁体変換の新機構は、ビスマスだけに限らず、トポロジカル物質一般に存在しうるものです。本研究は、トポロジカル物質によるナノデバイス設計における新たな視点をもたらし、次世代のエレクトロニクスに向けた知的基盤となることが期待されます。

用語説明

(注1)トポロジカル物質
トポロジーとは「穴が有るか無いか」などの抽象化された形の情報であり、電子状態などの目に見えないものの形を理解することに役立ちます。通常の物質に対して「ねじれた」電子状態を持つ物質群をトポロジカル物質と呼び、通常の物質との境界である表面・界面において様々な興味深い性質を示します。その一つが高速かつエネルギーロス無しで伝搬可能な電子です。 戻る
(注2)バンドギャップ
物質中において電子は特定のエネルギー値を持ち、その値は連続的にかつ幅を持って分布することからバンドと呼ばれています。このバンドに隙間があり、電子が存在できない領域が存在するとき、それをバンドギャップと呼びます。バンドギャップが存在し、かつ物質中の電子が持つ最も高いエネルギー(フェルミエネルギー)がバンドギャップ内に存在すると絶縁体となります。 戻る
(注3)光電子分光法
金属や半導体などの固体に紫外線以上のエネルギーを持つ光を照射すると、電子が放出されます。この電子を光電子と呼び、光電子のエネルギーや速度(運動量)を分析することで固体中の電子の情報を抽出する実験法を光電子分光法といいます。 戻る